今を去ること20年前、まったく新しいフォーマットの機器開発でひーひー言っていた若いころ。バンカラな上司を飲みに行った。そこで出たのが海外出張の話。当時我ら技術陣が出張するのはまあアジア工場のが定番であった。
上司:「こないだマレーシア行ってオフの時にマラッカ海峡見てきたよ。」
俺 :「へぇ〜いいなぁ。私まだ海外出張行ったことないんですよ。」
上司:「そうなんだ、じゃ今度何かあったら推薦しておっくよ。」
というような会話だったと思う。たぶんそう。そして翌週の火曜。上司から呼び出された。
上司:「今度さ、マレーシアでちょっとした改修があるんだけど、それ行ってくれない?」
俺 :「行きます」
というなんだか人生なんてこんな風というか、考えられつくしていることなんてあまりなくて、その時の運であれこれ決まることが多いと悟った瞬間であった。しかしこの改修、実は過去最大につらい改修とあちこちから聞こえてくるものであったりして、実際現地駐在メンバーもほとんど寄り付かない過酷なものであった。
実際私だけは始まりから過酷であった。改修に必要な治工具・材料などが出発時に用意できなく、私だけその他メンバーより3日遅れて、その巨大な荷物を運びこまなくてはならなかった。成田の運送会社に預けられた8つの巨大で重い箱をカート4つに分散して載せ、チェックインカウンターに一人で運びこむのは、今考えても無謀である。よくぞそんな無謀なことを発海外出張の私にやらせてくれたもんだ。
なんとかお姉さんに驚かれながらも荷物を載せ、当時はそれほど苦に思わなかったシンガポールまでのフライトを終え、トランジットカウンターに向かい、KLまでのボーディングパスを発行してもらった。当時はそれほど余裕をかますほど異国の地にも空港にも慣れていなく、そそくさと指定ゲートに向かい南国感バリバリのお姉さんに「はいこれ」とパスを渡した。フライトの2時間も前である。しかし彼女が言ったのは「これじゃダメです・・・」と。確かになんか手書き風のボーディングパスで、これって本当に使えるの?と自分でも思っていた。なので、広大なチャンギ空港内をまた長々と戻りさっきのチェックインカウンターで「ダメって言われちまったぜ(一応英語)」で言った。すると「そんなことはないよ」とd%))#T)J%T)("#%OEJT(t良くわからない言葉で電話していた。「また行ってね」と言われるままに、俺はここをどれだけ歩くんだ?と歩くと、さっきの南国感バリバリのお姉さんは「すいませんすいません」とひたすら謝るのであった。別にいいですよ、とナイスな日本人を演じた俺であった。
シンガポールからは1時間弱のフライトであるが、暗くなった眼下に見える雲の中から稲光がピカピカ光っていたのが印象的であった。
まあその他にもあれやこれやといろいろな事件があったのだが、ここでは印象的だったことだけ書いておこう。それは果物。最終日フライトまでの数時間で「感謝の意」も含めて現地社長が空港そばのレストランで夕食をごちそうしてくれたのだが、この時でた果物群が今でも忘れられない。あれこれ果物が満載されているのだ、どれもおいしい。しかしその中でも群を抜いているのが「マンゴー」であった。生まれて初めて食べたマンゴーはもう美味くて美味くて、舌がとろけるとはこういうことを言うのだと思った。しかし日本に帰ってきてマンゴーが食べたくて、デニーズに入った時マンゴー何チャラを食べてみたら、「うそ、これマンゴーじゃないでしょ」というくらいまずいマンゴーだった。あれ以来あれを越えるマンゴーはまだ食べていない・・・
インドネシアから2時間弱、あっという間に到着したシンガポール。やはりチャンギ空港はすごいし、シンガポール自体がすごい。やっぱり先を見通しやるべきことを愚直にやる国はあっという間に古い考えの国を追い抜くんだな、と感じないわけにはいかなった。そしてシンガポールから車で1時間弱でマレーシア・ジョホールバルに到着だ。
さてこの後はシンガポール編で紹介しよう。ほんの数時間しかない中果敢にもあることに挑戦したのだが・・・