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■■■ Tomson ■■■


背景

 小学校高学年(いつだか忘れた)にもなると、当時の子供は音楽ヤローへの芽が出てくる。私もご多分に漏れず、音楽大好きであり、ギターっていうものに興味を抱き始めていた。そんな時、新小岩の親戚の家に行ったら、ボロボロのガットギターが置いてあり「あげるよ」という従兄弟のお兄さんの一声で、恥ずかしいけど、巣のおんぼろギターを抱えて、総武線・小田急・神奈中バスと乗り継ぎ家に戻ってきた。良く見たらガットギターなんだけど、スチール弦が張ってあるっていう、不思議な状態なのであった。

 翌日、学校から帰ってきた私はこずかいを握り締め、当時あまり選択肢がない本屋へチャリを走らせた。そこで数冊しかない「ギター入門」なる教則本を買ったのだった。今でも憶えているがA5版で正装な女性がギターを抱えているっていう、なんだか不思議な表紙の教則本だった。なぜこの本を買ったのか?それはもう「禁じられた遊び」が載っていたからである。しかしそのギターをどれくらい使ったは定かではなく、実際あまり練習しなかったと思う。

 それから数年たって、中学に入学した。中学は小学校とずいぶん違い、いろんなやつがいた。当然マセがきがいて、そいつらから洋楽の洗礼を受けた。ビートルズ、クイーン、チープトリック、エアロスミス、クリーム、そしてベンチャーズなどなど。レコードを借りたりテープに録音してもらったり、毎日が未知なる音楽との出会いであり、あっという間に音楽漬けになった。

 といった状態で自然発生的に「バンドを作ろう」とう話になるのは当然の話であり、かつ時代の流れであった。そこで私が言われたのは「佐藤はドラムな」。おいおい、ドラムなんて絶対無理だよ。そしてドラムは山奥に住んでいる地元のボンボンになり、そいつの家が半ばスタジオになったりしていたのだった。

 まあ私はといえばそいつらのコンサート(生意気にも中学生で公民館を借りてコンサートとかやってた)の写真撮影とかやってたりしたわけで、それを自分で引き伸ばしてパネルに貼って実費であげてたりした。つまり当時から今と同じようなことをやっていたわけである。

 エレキモードになれなかった私は、実はフォークもちょっと好きであって、「俺たちの勲章」や「俺たちの旅」の中村雅敏や、「シクラメンのかほり」などをコピーしたのだった。でもロックはやはり魅力的であり、フォークギターでロックをコピーしまくった。何かの拍子でエレキを弾く機会があると、フォークギターの固い弦で培った指力はヘロヘロなエレキ弦には余りある力を発揮し、なんだか尊敬された記憶がある。

 さてやっとここまで来た。中1時代に音楽の洗礼を受け、年末にこずかいをかき集めフォークギターを買ったのだった。で、ここからが未熟な私なのであった。当時漫画とかの最後のほうに載っている通販ページで「二光(漢字忘れた)」っていうのがあった。格安なのである。なぜだかこれに焦点を絞ってしまったのだった。私は小学校の頃から秋葉原に出入りしているラジオ小僧なのであるが、偶然秋葉原に二光のリアルショップがあったのだ。いつぞやそこに行き「今度このギター買いに来ます!」って店の人に言ったのを覚えている。なんかそういう断片って、何十年前だとはいえ、明確に憶えているものだね。そして宣言の通り、再度秋葉原まで行って、トムソン/Tomson(安いのはトーマスブランドだった)のフォークギターをゲットしたのであった。値段は確か・・・12,000円だった・・・と思う。安いなぁ。

レビュー

 ちなみにさっき写真を撮っていてはじめて気がついたのだが、ボディーに「製造元 KISO SUZUKI VIOLIN D-38」と書いてある紙が貼られていた。実に30年以上ぶりに気がついた新事実! なんだか、とってもうれしい。そして「木曾鈴木バイオリン」で検索をかけてみたら、あらら、ちゃんとこのギターがヒットした!さらにうれしい。

●ボディー
 トップはそれなり(っていうか、いい悪いの判断するほどの眼力はない!)。リアは3ピースでちょと凝っている。こういうのが若いときには好きだった。
●ネック
 アコースティックギターのネックって、テカテカでなく、さらさらマット仕上げがおおいのだが、これはテカテカ仕上げである。どうも安っぽく見える。指版上のフレットマークも単なる四角いプラスチックで、さらに安さに拍車をかけるように見える。
●ペグ
 めちゃくちゃ安っぽい。

 でもこのギターはガンガン弾いた。練習した。いい色に焼けた。その甲斐あってかどうかは分からないが、今はとてもいい音がするのだ。とても1万2千円のギターとは思えないリッチでボリュームのある音を出してくれる。



■■■ ショット ■■■




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